『いけにえと雪のセツナ』は、発売された頃からずっと気になっていたゲームでした。
当時は遊ぶ機会がなかったのですが、Switch 2を購入したあと、Switch版がセールになっているのを見つけて購入。
価格は確か2,000円もしなかったと思います。
プレイ時間は約20時間。
途中で投げることなく、最後までクリアしました。
そしてクリアした結果、今でも私の中では「一番嫌いなゲーム」として残っています。
雪が降り続ける切ない世界観やBGMなど、最初はかなり好きだった部分もあります。
それでも、戦闘や装備、マップ、ストーリーと遊び続けるうちに不満が積み重なり、最後のエンディングで完全に気持ちが切れてしまいました。
この記事では、『いけにえと雪のセツナ』を実際にクリアして感じた良かったところと、自分にはどうしても合わなかったところを振り返ります。
途中までは重大なネタバレを避けていますが、後半ではエンディングについて詳しく触れます。
『いけにえと雪のセツナ』で最初に惹かれたのは世界観
このゲームで最初に良いと思ったのは、やっぱり世界観でした。
雪が深々と降り続ける白い世界と、どこか寂しさを感じるBGM。
ゲームを始めたばかりの頃は、この雰囲気がかなり好きでした。
派手な世界ではなく、静かで切ない空気がずっと漂っている。
タイトルの『いけにえと雪のセツナ』という名前ともよく合っています。
セツナという少女を「いけにえ」として送り届ける旅という設定も含めて、最初は「このゲーム、かなり好きかもしれない」と思っていました。
少なくとも、ゲームを始めた瞬間の印象は悪くありません。
ただ、この雪景色も長く遊んでいると少し印象が変わってきました。
雪景色はきれいだけど、どこへ行っても白くて単調だった
最初は魅力だった雪景色ですが、進めていくうちにだんだん飽きてしまいました。
とにかく、どこへ行っても雪。
もちろんダンジョン内部など、雪や氷ばかりではない場所もあります。
それでもフィールドを移動していると、白い景色を見る時間がかなり長いです。
「雪の世界」という作品全体の統一感を出す意味では成功していると思います。
ただ、RPGとしていろいろな町や地域を旅している感覚はあまりありませんでした。
たとえば森を抜けたら砂漠があり、その先には火山があって、さらに進めば巨大都市がある。
そういう景色の変化もRPGを遊ぶ楽しさのひとつだと思っています。
『いけにえと雪のセツナ』では、その変化が自分には少なすぎました。
最初は「きれいだな」と思っていた雪景色が、後半になる頃には「また白いな……」という印象になってしまったのは残念です。
武器と法器だけの装備システムが物足りなかった
RPGとしてかなり物足りなく感じたのが装備です。
基本的な装備が武器と法器だけなのが、自分にはかなり味気なく感じました。
武器については単純に攻撃力が上がるだけではなく、種類によって違いもあります。
法器も『いけにえと雪のセツナ』独自の要素として、ある程度プレイヤーごとの差を出せる仕組みになっています。
それでも私は、防具が欲しかった。
頭装備、体防具、盾、アクセサリなどを集めて、
「新しい町に来たから装備を買い替えよう」
「このダンジョンで強い防具が手に入った」
「このボスを倒したらレア装備が落ちた」
みたいな遊びが好きなんです。
FFシリーズなら、源氏シリーズのような強力な装備を集めること自体がやり込み要素になったりします。
『いけにえと雪のセツナ』にもそういう防具収集があれば、もっと寄り道したくなったかもしれません。
「武器と法器だけ」という構成には何か狙いがあったのかもしれませんが、少なくとも自分には、RPGの装備システムをかなり簡略化したように感じてしまいました。
連携や刹那システムは悪くない。でも戦闘は作業感が強かった
戦闘には、良いと思ったところもあります。
仲間になるキャラクターが多く、それぞれを組み合わせることで使える連携技が変わるのは面白い仕組みでした。
どのメンバーを使うかによって戦い方が変わるので、キャラクターを入れ替えて試してみる楽しさはあります。
刹那システムについても、アイデア自体は嫌いではありません。
タイミングよく操作することで技を強化したり、追加効果を発生させたりするので、ただコマンドを入力して眺めているだけにはならないよう工夫されています。
ただ、それでも戦闘そのものはあまり面白いとは感じませんでした。
通常戦闘を繰り返しているうちに、かなり作業的に感じるようになったからです。
システムには工夫があるのに、実際に何度も戦っていると単調。
自分の中では、そんな印象が最後まで抜けませんでした。
雑魚敵に紛れている強敵は、もう少し分かりやすくしてほしかった
ダンジョンでは、通常の敵とは明らかに強さの違う敵が徘徊していることがあります。
こういう強敵がいること自体は嫌いではありません。
「今は倒せない敵がいるから、強くなってから戻ってこよう」
というのもRPGではよくある楽しみです。
ただ、『いけにえと雪のセツナ』では、その強敵が見た目で分かりにくいのが困りました。
普通の敵と同じような見た目で歩いているので、何も知らずに接触して戦闘になり、そのまま全滅することもありました。
せめて、
- 見た目が一回り大きい
- 色が真っ黒
- その場から動かない
- 特殊なエフェクトが出ている
など、「これは普通の敵じゃない」と一目で分かる要素が欲しかったです。
強敵に挑戦して負けるのと、雑魚だと思って触れたら実は強敵で全滅するのとでは、受ける印象がかなり違います。
キャラクターではセツナとクオンが印象に残った
不満の多かった作品ですが、キャラクターまで全員嫌いだったわけではありません。
セツナは優しくて芯の強い女の子だった
セツナは、優しくて芯の強いところが印象に残っています。
自分が「いけにえ」として旅をしているにもかかわらず、周囲の人を思いやれる。
かわいらしい部分もあって、旅をしている間は比較的好きなキャラクターでした。
だからこそ、最後の展開には余計に腹が立ったのだと思います。
これについては後半で詳しく書きます。
一番好きだったのはクオンかもしれない
ゲームの中で最終的に一番好きになったのは、クオンだったかもしれません。
カエルっぽいフードを被ったデザインがかわいい。
ただし序盤の印象はそこまで良くありませんでした。
主人公に対してかなり厳しい言動が多く、「なんだか怖い人だな」と感じることもありました。
それが終盤で彼女の正体や、これまで何をしてきたのかを知ると一気に印象が変わりました。
ここから先はストーリー終盤の内容に関わるので、ネタバレ部分で触れます。
ストーリーは会話に違和感を覚えることが多かった
ストーリーについては、全体的にかなり不満が残っています。
特に気になったのが会話です。
キャラクター同士の受け答えが微妙に噛み合っていないように感じたり、
「そこで会話終わるの?」
と思うような、不自然に会話が打ち切られた印象を受ける場面がありました。
ストーリーの設定そのものより、こうした細かな会話の違和感によって物語に入り込みにくかったです。
私はRPGではキャラクター同士の会話や関係性もかなり楽しむ方なので、ここは大きなマイナスでした。
ここからエンディングを含む重大なネタバレがあります
ここからは『いけにえと雪のセツナ』終盤、クオンの正体、ラスボス、エンディングについて触れます。
未クリアの方はご注意ください。
クオンの旅を知って、一気に好きなキャラクターになった
クオンの正体は「時の審判者」の分身。
彼女は一度セツナたちと旅をしただけではありません。
世界の破滅を回避するため、時間を何度も巻き戻しながらセツナたちとの旅を繰り返し、正しい結末へ導こうとしていました。
この事実を知ったとき、クオンを見る目がかなり変わりました。
序盤から主人公たちに厳しかったことにも理由があった。
何度失敗しても時間を巻き戻し、同じ旅を続ける。
それがどれだけ壮絶だったのかを考えると、報われてほしいと思ってしまいます。
しかし最終的にはクオンも消えてしまう。
好きになった頃には別れが近いというのも、このゲームらしいと言えばそうなのかもしれません。
私は普通に悲しかったです。
輪廻の闇を倒して「これでセツナを救えた」と思った
そして、自分がこのゲームを一番嫌いになった最大の理由がエンディングです。
旅の目的だった「輪廻の闇」を倒す。
ここまでは良かった。
輪廻の闇を倒したのなら、世界は救われる。
そうなれば、セツナがいけにえになる必要もなくなる。
私は当然、
「これで世界も救えたし、セツナも生きられる」
と思いました。
ゲーム中ずっと、いけにえとして死ぬ運命を背負って旅をしてきたセツナ。
ようやく、その運命から解放できたと思ったんです。
ところが、そこで終わりませんでした。
なぜ最後にエンドの手でセツナを殺さなければならないのか
輪廻の闇を倒したあと、エンドとセツナは過去へ向かいます。
名残雪の石碑で、輪廻の闇の正体である青年と戦うことになります。
そして戦いの終わりに、青年とセツナが融合。
セツナはエンドに、自分の肉体を滅ぼしてほしいと頼みます。
ここでYES/NOの選択肢まで表示されます。
しかし、どちらを選んでも大きく結末が変わるわけではありません。
画面外で何かが起こり、演出を見る限り、エンドがセツナを斬ったと受け取れる場面になります。
私はこの展開が本当に嫌でした。
セツナをいけにえにしなくても済む世界を作るために旅をしてきた。
輪廻の闇を倒して、ようやくそれが実現したと思った。
なのに最後の最後で、今度はエンド自身の手によってセツナを殺すことになる。
「結局死ぬのかよ」
という気持ちしかありませんでした。
私にはセツナの選択が自己犠牲ではなく「エゴ」に見えてしまった
もちろん、この場面を美しい自己犠牲として受け取る人もいると思います。
セツナらしい最後だった、と感じる人もいるでしょう。
ただ、私はそうは受け取れませんでした。
世界を救うために必要な死なら、まだ物語として理解できたかもしれません。
でも輪廻の闇はすでに倒している。
セツナがいけにえになる必要もなくなった。
それなのに最後はセツナ自身の意思によって、エンドに自分を殺させる。
私にはこれが、自己犠牲というよりセツナ自身のエゴのように感じてしまいました。
しかも実際に手を下すのはエンドです。
セツナ本人だけの問題ではありません。
これまで一緒に旅をしてきた主人公に、自分を殺すというものすごく重い役割を背負わせる。
私はそこに納得できませんでした。
YES/NOの選択肢があるのに結末が変わらないのも嫌だった
さらに嫌だったのが、YES/NOという選択肢です。
プレイヤーに選ばせるのであれば、
「セツナの願いを聞き入れる」
「拒否して別の方法を探す」
というように、何らかの意味があると思ってしまいます。
しかし、実際にはどちらを選んでも大きな結果は変わらない。
それなら、なぜ選ばせたのか。
私はNOを選べばセツナを助けられる可能性があると思ってしまいました。
それだけに、結局同じ結末へ進んでしまうことに強い徒労感がありました。
ヨミが父親だと伝えられないまま終わるのも悲しい
セツナの父親であるヨミのことも引っかかっています。
ヨミは最後まで、セツナに自分が本当の父親であることを伝えられませんでした。
旅の果てにセツナが生き残るのであれば、いつかその事実を伝える機会があるかもしれない。
そう思えます。
しかしセツナは死んでしまう。
もう二度と伝えることもできません。
クオンも消え、セツナも死に、ヨミも娘に真実を伝えられないまま。
私にとっては、あまりにも救いがありませんでした。
裏ボスを倒す気にもなれず、そのままゲームをやめた
クリア後には「古代遺跡ルマ」というダンジョンがあり、「時をすべしもの」という裏ボスに挑戦できるようです。
ただ、私はそこまで遊びませんでした。
エンディングを見た時点で、完全にやる気がなくなってしまったからです。
普通なら、
「クリアしたし、次は裏ボスを倒してみよう」
「もっと強い装備を集めよう」
となるところですが、今回はそうなりませんでした。
ゲームを起動してやり込みを続けたいという気持ちが、まったく残りませんでした。
それくらい自分にとってエンディングの印象が強烈でした。
まとめ:「一番嫌いなゲーム」だけど、遊んだこと自体は後悔していないのかもしれない

ここまで散々書いてきましたが、不思議なことに、
「じゃあプレイしなければよかったのか?」
と聞かれると、少し迷います。
『いけにえと雪のセツナ』は発売された頃から気になっていました。
当時は遊べなかったものの、その後もずっと頭のどこかに残っていたゲームです。
もしSwitch版を買わなかったら、
「いつか遊んでみたいな」
と思いながら、今でも気になり続けていたかもしれません。
実際に遊んだからこそ、
「ああ、自分にはこのゲームは合わなかったんだ」
とはっきり分かりました。
約20時間、途中で投げることなく最後まで遊べたゲームでもあります。
好きだった世界観もあります。
クオンのように印象に残ったキャラクターもいました。
だから、「20時間すべてが無駄だった」とまでは思いません。
ただし、今でもエンディングを思い出すと腹が立つ。
そして好きなゲームか嫌いなゲームかと聞かれれば、間違いなく後者です。
自分の中では、今でも一番嫌いなゲームとして残っています。
それでも、何年も気になったままでいるよりは、一度ちゃんと遊んで、自分なりの答えを出せた。
そう考えると、
「やって後悔したゲームではあるけれど、遊んだことそのものまで後悔しているわけではない」
というのが、今の一番近い感想なのかもしれません。

